月影
「お前云々じゃなくてさ、陸の前で飛び降りたくなかったんだよ。
アイツ、目の前で母親の自殺見てるから。」


後からジルは、思い出したようにそんな風に語っていた。


ギンちゃんのことはそれ以上は聞かなかったけれど、やはり彼もまた、辛い別れを経験しているからこそ、ジルはそんなことを思い出させたくはなかったらしい。



「んでも、結果的に飛び降りなくて良かったよな。」


結局そう言って、上手く誤魔化された感じだけれど。


ジルはあんな状態で病室を抜け出したこともあり、それ以降、退院するまで外出許可は降りなかった。





拓真は悲しそうだった。


いつも明るい彼にそんな顔をさせてしまったことが辛かったけど、でも、あたしはただ、謝り続けた。


拓真と居た日々は、彼がどんな風に思おうとも、あたしにとってはかけがえのないものなのだ。


ジルの知らない幸せな時間も、確かにあったのだから。



「生まれて初めて振られたよ。」


最後に拓真は、あたしにそう言っていた。


いつか後悔しても、もう戻ってこないでね、と。


優しい人だった。


だからあたしはありがとう、と言って、自分のマンションへと戻ったのだ。


多分もう、二度と会うことはないのかもしれないけれど、それでもあたしは、拓真のナンバーワンを祈っている。


いつかあの街で、誰もが羨むくらいの男になってほしい、と。

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