月影
「あたしさぁ、自暴自棄みたくなってて、店長と寝たんだよ。
そしたら急に自分の体とかどうでもよくなってさ、そんな時に小柴会長現る、ってね。」


「俺と寝ればナンバーワンにしてやる、って?」


「そう。
だってもう、あたしにはそれしかなかったわけじゃん?
けど、なったらなったで今度は守らなきゃって必死になって、なりふり構ってらんなかった。」


最悪でしょ?


自嘲気味に言いながら、葵はホットココアを口に含む。



「コウと付き合う時にさ、そういうのも全部言ったんだ。
こんなあたしで良いの、って。
でもあの人、逆にあたしのこと傷つけたのが申し訳ない、って言い出してさ。」


「愛されてるんだよ、それ。」


あたしの言葉に少し口元を緩め、「そうなんだけどね?」と彼女は続ける。



「もう終わったことだから、これからイチから始め直そうよ、って。
全部ひっくるめてサエコが好きなんだ、って言われてさぁ。」


「ほだされたんだ?」


「そうなのよ。
けど、あたしそういうのばっかだしさ、これで良いのかなぁ、って不安もあんの。」


「不安なんてさ、みんなあるんじゃない?
でもさ、それって相手と真剣に向き合ってる証拠でもあるわけじゃん?」


言うと、葵は何だかなぁ、といった風に肩をすくめた。



「あたしさ、レナのそういう言葉聞きたかったのかも。
アンタのそういうとこに助けられてたなぁ、って。」


あたし達はほとんど同時にアイズに入店した。


けど、初指名も何もかも、あたしの方が先だったのだ。


向いてない、辞めた方が良いんじゃないか、と不安を口にする葵を、いつもあたしは励ましていた。



「辞めなかったからさ、今があるんだよね。」


あたしは頷いた。


だから出会えたんだよ、と拓真が言っていたから。

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