月影
「婚約者様にあたしを会わせるなんて、ひどい男だねぇ。」


「でも、婚約解消しなきゃだろ?」


わざとのように言ったあたしに、だけども彼の顔は真剣そのもの。


思わず首を傾げると、何故だか笑われてしまう始末。


そうこうしているうちに、車はアパートの駐車場へと止まった。


見たこともない場所で、こっちこっち、と言うジルに手招きされ、あたしはその後を続いた。


一階の手前から3つ目のドアには、“板野”という表札が掲げられている。


少し身構えるあたしをよそに、ジルは嬉しそうにチャイムを押した。


ピンポーンと鳴り響いた後、中からはドタドタと足音が聞こえ、ガチャリとドアが開く。



「おかえりなさい、あなた。
お風呂とあたし、どっちが良い?」


男の子だった。


しかも男前で、おどけて見せているのだろう顔もまた、格好良い。



「マサ、そういう出迎えいらねぇって。」


「…兄貴さぁ、つまんねぇ。」


「つーか、レナ固まってるし。」


あぁ、ジルの弟だったのか。


苦笑いを浮かべたままのあたしを、マサくんの後ろから出てきた人物が凝視している。



「…アユ、顔怖ぇよ。」


多分これが、妹さん。


マサくんはあたしと同じくらいだが、アユちゃんは高校生くらいだろうか。


みんな全然顔は違うが、それでも美形一家だと伺える。


あたしは少し委縮した。

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