月影
「つまんなーい。
ブスだったら追い出してやろうと思ったのに、お兄ちゃんの彼女綺麗すぎじゃん!」


ぷんぷんと怒りながら、アユちゃんはひとり室内へときびすを返した。



「アイツ、兄貴取られたと思ってんだな。」


肩をすくめたマサくんはアユちゃんを追い、ジルはあたしへと顔を向ける。



「口悪ぃだろ?
けどまぁ、俺の可愛い婚約者。」


そういうことか、と笑った。


あたしから見ればアユちゃんの方が可愛いと思うのだが、それにしても顔と口調がミスマッチすぎだ。


促されるまま中に入ると、座ってー、と言われ、小さく腰を降ろした。


どうやらここで、兄妹が一緒に暮らしているのだとは思うが。



「こっち正行で、あそこで不貞腐れてんのが歩美。」


ふたりとも、立派な名前だと思った。


ジルの“清人”という名前にしてもそうだけど、少し羨ましくもなる。



「これ、レナっつーか愛里?
まぁ、どっちでも良いけど。」


これ、ってアンタ。


口元を引き攣らせていると、



「板野正行です。」


「上村歩美でーす。」


と、礼儀正しいマサくんと、やる気のないアユちゃんが自己紹介をしてくれた。


そこで初めて、あたしはふと頭に浮かんだ疑問を口にする。



「…何でみんな苗字違うの?」

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