月影
「まぁ、コイツがどう思ってんのかは知らねぇけど、お互いがそれ望んでたらそうなるかもなぁ。
つーか、よくわかんねぇけど、俺が勝手に思ってるだけだし?」


「…何それ。」


と、言ったのはあたしではなく、マサくんだった。



「兄貴の悪いとこだよ、それ。
そういうのちゃんと言ってあげなきゃ可哀想だよ。」


あたしが目の前に居て、なんて兄弟だ。


話についていけなくて、軽い眩暈を覚えてしまうが。



「俺のことは良いんだよ。
お前飲むとすぐ俺に説教だよな。」


「だから、俺もアユも兄貴のこと心配してるってことだろ?」


「あぁ、すいませんねぇ。」


で、喧嘩だ。


ジルはいつも、誰かのために生きてきた。


だからこそ、こんなにも色んな人に囲まれ、心配だってされているのだろうと思う。


怒ったままのマサくんが、今度はトイレに立った。


居なくなった彼を見届けたジルは、テーブルの上に置いていたマサくんのものだろう男物の財布を勝手に広げ、肩をすくめた。


すぐに自分の財布を取り出したジルは、入れていた数枚の諭吉をマサくんのそれに忍ばせる。



「帰るか、俺らも。」


事もなげにそう言った彼は、財布を元の位置に戻し、立ち上がる。


ジルはきっと、いつもこうなんだと思う。


飄々とした態度を取っていても、裏では誰より人のことを考えているのだ。


ふたりで静かに部屋を出て、目を合わせて小さく笑った。

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