月影
「兄貴!」


車に乗り込もうとした瞬間、呼び止める声。


振り返ればそこには、息を切らせてこちらへと走ってくるマサくんの姿だ。


あれだけ飲んで走れるなんて、とあたしは、どこか他人事のようにそんなことを思った。



「勝手に帰んなって!
てか、そんなことより金だよ、いらねぇっつったじゃん!」


「お前、声デカいよ。」


もう深夜と呼ばれる時間だ、ジルもさすがにマサくんをなだめた。



「俺、この前借りた金だって返してないじゃん!」


そう言って、マサくんは先ほどジルが財布に忍ばせていたお金をつき返していた。


が、彼はそれを受け取ろうとはせず、肩をすくめる。



「貸したんじゃなくてお前にやったの。
生活費だってマサの給料じゃアユのこと育てるだけでも大変だろ?」


「…けど…」


「あのな、マサ。
俺はお前に感謝してるんだ。
けど、出来るのって金くらいだしさ、何も言わずに受け取れよ、それ。」


マサくんは、唇を噛み締めた。



「…兄貴、いっつもそうじゃん…」


「アユがちゃんと育ってんのは、間違いなくマサのおかげだよ。
お前だって色々我慢してんだしさ、たまにはそれで好きなモンでも買えよ。」


そう言って、ジルはマサくんの頭をくしゃくしゃとした。


そして、困ったら素直に頼ってこいよ、と彼は言う。

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