月影
結局は寒さに耐えかね、自腹で良いからタクシーを呼ぼう、と思って歩きながらにバッグを漁って携帯を取り出そうとしていた刹那、前さえ見ずに歩いていたあたしは、ドンッと誰かにぶつかってしまう。


痛いんだよ、なんて思いながら鼻をさすり、「すいません。」と言って顔をあげてみれば、思わず目を見開いたのは言うまでもないだろう。



「ネーチャン、痛ぇだろ?」


「おいおい、どこ見て歩いてんだよ?」


本気で舌打ちしそうになったけど、でも、当然のようにそんなこと出来るはずもない。


だってあたしがぶつかった二人組はチンピラ風のコワモテで、上から見下ろすようにすごんでくるのだから。



「…ホント、ごめんなさい。」


「つーか、前見て歩けよ、って話なんだよ!」


顔を俯かせてみたものの、許してくれる気配はなく、どうすれば逃げられるだろうかと思った。


だけどもこの状況はさすがにヤバく、辛うじて携帯は握っているものの、誰かに電話なんて出来るはずもない。



「何やってんの?」


刹那、振り返ってみれば男がひとり。


咥え煙草でポケットに手を突っ込み、寒いね、なんて言いながらこちらに近づいて来るのだから。



「女に絡むなんてダセェ真似すんなよ。」


「違うんすよ、ジルさん!
この女が俺らにぶつかってきたんすよ!」


どうやらコイツらの知り合いだったのだろう、彼らは敬語なんか使ってて、益々ヤバい状況に陥った気がした。


ヤクザとかではなさそうだけど、ラチられたらあたしだってどうなるかわかったもんじゃないのだから。


近づいてきた彼は一度考えるように視線を宙に投げ、あたしを一瞥した後、フッと口元だけを上げた。



「なぁ、俺の顔に免じて許してやってよ。」

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