月影
「岡ちゃーん!」


「おう、レナ!」


岡ちゃんは、50代でも恰幅が良くで、初めて指名をくれた人。


馬鹿キャラのあたしのお客と言えば、大半がエロオヤジか遊び好きのニイチャンなんだけど、この人だけは違う。


岡ちゃんの前でだけは、少しばかり本当のあたしが出せるのだ。


多分あたしは、無意識のうちに少し無骨な雰囲気のこのオジサマに、父親の影を求めているのかもしれないけれど。



「お前、また可愛くなったなぁ。」


「ははっ、岡ちゃんのおかげだよー。」


「すっかり口も上手くなりやがって。」


あははっ、とテーブルには笑顔が広がった。


彼は別に頻繁に来てくれるわけではないけれど、それでも自分のお客の中で、一番大切にしていると思う。



「勿体ねぇよ、レナは。」


「…何が?」


「こんな店じゃなくて、もっとちゃんとした店で真面目にやれば、それなりになれるってのに。」


田舎でも都会でもない街の、ごくありふれただけのキャバクラ。


馬鹿キャラを演じてるだけだってのは岡ちゃんは気付いてるし、腰掛け程度でやるなんて、と彼は言いたいのだろう。


思わず言葉に詰まってしまうと、でも、と岡ちゃんは言葉を続けた。



「まぁ、お前は見かけによらず抱え込むタイプだからな。
そんなんで潰れて欲しくはないし、そのままの方が良いのかもなぁ。」


そう、彼は苦笑い混じりに宙を仰いでグラスを傾けた。


わざとのように順位を上げずに居るけれど、そんな期待を、ましてや岡ちゃんにされると結構辛いものがある。


何となく、お客を裏切っている気分にさせられるからだ。


プライドもやる気もない女が何を言ってんだ、と思われるかもしれないけれど。


< 48 / 403 >

この作品をシェア

pagetop