月影
「上を目指す気になったら、ちゃんと言えよ?」


俺が協力してやるから、と彼は、強い瞳をあたしに向けてくれた。


岡ちゃんは建設会社を経営していて、この店の他にもひいきのお店があるのを知っている。


それなのに何故、ふらっとあたしみたいな馬鹿な女に会いに来るのかなぁ、とは思うけど。



「ごめんね。
でも嬉しかったよ、ありがとう。」


思わず笑ってしまうと、岡ちゃんは乱暴に、でも、優しくあたしの頭をクシャッとしてくれた。


そんなことで、ふと、ジルと似たようなところがあるんだな、と思ってしまう。


あたしは多分、何だかんだで優しい人に弱いのだろう。


岡ちゃんにも嫌われたくないって思いがあって、絶対に営業メールを送ったりはしないし、何かをねだったりしたこともない。


とにかく、来てくれるだけで無条件に嬉しくなれるのだ。



「何かこう、お前は娘みたいに心配になるんだよ。」


「…娘?」


「俺も年取ったなぁ、と思うんだけどな?」


「ははっ、何言ってんのよ。
てか、酔っ払ってるでしょー?」


「ちょっとな、さっき飲んで来た。」


「じゃあ、今日はあんま飲むの禁止ー。」


「レナはうちの長女に似てるよ、そういうとこが。」


嬉しくなってまた、あたしは顔をほころばせた。


偽物でも、岡ちゃんの娘になった気がして、おまけに心配されたり、喜んでもらえたり。


こんな感覚は、あの頃は味わったことなんてなかったから、少しだけくすぐったくもあった。


心の空白部は、ちょっとだけ埋まった気がした。

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