月影
そんな言葉に、驚いたようにあたしは、思わず顔をあげてしまった。


それは男達も同じだったようで、「…ジルさん?」と彼らは、戸惑うようにそう呟く。



「今度俺が奢ってやるからさぁ。」


「…わかりました。」


「おっ、サンキュー。」


そう、大してありがたいとも思っていないような顔で言った彼に、男達は渋々と言った感じだろう、頭を下げてあたしを一瞥し、そして去るように居なくなった。


さすがに安堵してため息を落としてしまったけど、でも、ゆっくりと向かい合う彼の瞳がこちらへと向いたときにはまた、どうすることも出来なくなってしまう。



「…あの、ありがとうございます。」


「良いよ、別に。
それよりアンタ、まさかタダで助けてもらった、なんて思ってねぇよな?」


「……え?」


「意味、わかんない?」


月影さえ届かないこんな場所で、目前の彼の顔は一瞬にして鋭いものへと変わっていた。


思わず息を呑むようにして体は硬直するが、そんなあたしを彼は、不敵に口元を上げた顔で見つめるのだ。


言葉の意味は、噛み砕くまでもないだろう。



「あたしとヤりたい?」


「ヤりたいね。」


「…良いよ、ホテル行こう。」


普通に考えて、さっきの男達とヤるより、コイツひとりとヤる方が楽に決まってる。


別にセックスしたからって何かが減るわけでもないし、増えるなんてこともないのだから。


ジルと呼ばれていた向かい合う彼は、タイトな黒のジャケットを着こなし、見た目的にもホストのようだが、目つきだけは獣のようだと思った。


まるで夜の闇に溶け込みそうな男だと思ったのは、単に彼が真っ黒な服に身を包んでいるからか、どうなのか。

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