月影
ふたりは本当にラストまで居てくれて、おまけに馬鹿みたいに高い金額を払って一足先に店を出た。


まぁ、高級クラブでもないからめちゃくちゃ高い、とは言えないけれど、やっぱり普通の稼ぎの人は目を丸くするだろう額だ。



「レナ!」


全部を終わらせて更衣室で着替えを済ませ、急ごうとしていたあたしの足を止めたのは、葵のそんな呼びかけだった。


何事だろうと振り返ると、彼女はまだドレスに身を包んだままで考えるように眉を寄せ、腕を組んでいる。



「アフター、行くんでしょ?」


「…うん、それがどしたの?」


「さっきの二人組、だよね?」


葵はジル達の来店の時はたまたま休みだったため、あの人達を見るのは今日が初めてだった。


一体何を感じ、何を思ったのかな、なんてことを考えてしまえば、何故だか少しばかり緊張してしまう。



「友達、って聞いた。」


「うん、片方ね。」


「何かね、あの二人組ってどっかで見たことある気がするんだよ。」


「…え?」


「いや、気の所為なのかなぁ?」


顔が広いとか、面倒なことになりたくなきゃとか、前にジルはそんなことを言っていた。


そして、見たことあるって程度であたしを引き留めた葵にも何か違和感を覚えるが、無意識のうちに話を流そうとしている自分が居る。


あたしの前以外のジルの顔は、やっぱりあまり知りたくはないんだろう。



「まぁ、気の所為だと思うけどさ。」


「そっか。」


「いってらー。」


その言葉であたしは、お疲れー、と言って彼女に背を向けた。


多分あたしは、誰かの口から彼らの仕事や本当の姿なんて聞きたくないのだと思う。

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