月影
店の前にはいつもの金掛けてる黒い色したセダンが止まってて、一見するとヤクザが乗るような感じだと、改めて思った。


それは夜の街の、しかも繁華街に居るからなのか。


助手席へと乗り込むと、すでに車内には暖房の熱が広がっていて、代わりにギンちゃんの姿はなかった。



「眠いねぇ。」


「何だそれ、誘ってんのかよ。」


「違うよ、マジな話。」


ジルはすっかりいつもの冷たい瞳で、寒がりなだけの彼がそこには居た。



「ジルの部屋ってどんなのだろう。」


「どんなんだと思う?」


「わかんない。
でも、何か楽しみ。」


「楽しくねぇよ、寒いだけ。」


「じゃあ、あたしがあたためてあげる。」


「やっぱ誘ってんじゃん。」


葵との会話が引っ掛からないと言えば、嘘になる。


でも、それをジルに言おうとか聞こうとかは思わないし、それを知ったところであたしは、単なるセフレ程度でしかない。


ふと、最近のこの人は前より少しだけ口数が増えたかな、と思った。


まぁ、そこまで頻繁に、何度も会ってるわけじゃないし、そんな気分なんだとか言われたら、それはそれで言葉に困ってしまうのだろうけど。



「もしかして、ギンちゃんに悪いことしちゃったのかなぁ?」


「何で?」


「何か、付き合うだけ付き合わせた、みたいなさぁ。」


「気にすんなよ。」


じゃあ、気にしない、とだけ返した。


多分、それがジルとギンちゃんの関係なんだろうと思ったから。


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