月影
コンビニでお酒とおつまみ買って、到着したのはごくありふれたマンションだった。


7階の一室はもちろんネームプレートなんかないし、ジルの生活の一部を垣間見ることが良いことなのかどうなのか、今更わからなくなってしまう。


ガチャリと扉が開けられて、真っ暗な中で肌を撫でたのは、部屋に広がるひんやりとした空気。


電気をつけられて一番に思ったのは、ジルの車と似たり寄ったりだな、ってこと。


良く言えばシンプル、悪く言えば何もないってゆーか、モノトーンでまとめてるから余計に寒々しんだよ、と突っ込みそうになる。



「久しぶりに帰ってきた気がする。」


そう、ジルはため息を吐き出しながらソファーへと腰を降ろした。


じゃあいつも、どこで寝泊まりしているのか、なんて無粋なことは聞かないけれど。


テレビをつけるより先にエアコンのスイッチを入れ、彼はあたしの方へと手を伸ばす。


その意味を頭で考えるまでもなく、抱き付くような格好であたしは、寒がりな彼の胸にうまる。


ジルの心臓の鼓動が聞こえてきて、やっとあたし達はいつも通りになれる気がした。



「この部屋入った女、お前が初めて。」


ジルがそうだと言うなら、そういうことにしておいた。


見る限り女の影はどこにもないし、あたしにこんな嘘をつく理由もないから。


ただ、煙草とカルバン・クラインの混じり合った香りを心地よく思う。



「第一号になんかして、良いの?」


「嫌なの?」


嫌じゃないよ、とあたしは言った。


この人はいつも、答えを言いたがらず、あたしに言わせようとばかりする。


だから本心なんて何も見えないけれど、それを受け入れてくれるから、やっぱりそれだけで良かったんだ。



「ベッドが良い?」


あたしは何も言わず、首を横に振った。


折角あたたまりつつあった部屋なのに、他の部屋ではまたこの人が、凍えてしまうと思ったから。

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