月影
それから、ジルのシャツに包まって眠った。


煙草とカルバン・クラインの混ざり合った香りがし、彼の存在をもっと近くに感じることが出来たのだ。


抱き締められているのか抱き締めているのかはわからないけど、そんなひとときだけは、何も考えずに済むのだから。


少なくとも、シュウに人生壊されたと思ってるあたしは、そこには居ない。



「おやすみ。」


きっと、心の置き場が欲しいのだ。


ふわふわとした定まらない、消えてなくなりたいような不安が嫌で、抱き合うことでお互いを捕まえる。


この一瞬だけ、いつもどこを漂っているのかわかんない人を、抱き締めてあげられるんだ。


別にどんな名前だろうと、何の仕事してようと、他に何人女が居ようと構わない。


ジルがそうやってしか生きられないのなら、死んでほしくないから、あたしは何も言わないだけ。


強く握りすぎると、何もかもが壊れてしまうから。


壊れてほしくないからこそ、あたし達にはこれくらいでちょうど良いのだろう。


いつも一瞬だけ、満たされたような幻覚の中を過ごす。


偽物だらけな中に居て、もうどれが本物なのかもわからないって言うのにね。

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