月影
ジルがいつも、密かに高級な物を身に着けているのも知っていたけれど、多分そこまでの愛着も興味もないのだと思う。


欲しいと言えばくれるのだろうし、きっとなくなってても気付かないとも思う。


現に今しがた買ったキーケースにしても、金具が緩くなってきたから、とのことだし、彼にとっては消耗品程度でしかないのだ。


そして多分、女も消耗品くらいにしか思っていないはず。


悪い意味じゃなくて、本当に愛着や興味が薄いだけなのだろう。


生きることに執着していないのだから、そりゃ物欲だって乏しそうだし。


いつまで続くのかもわからない、幽霊のような人との関係の中で、ひとつだけ、確かなものが残った気がした。


あたしは多分、このブレスを外すことはないだろう。



「やっぱ可愛いね、これ。」


そしてあたしは、抱かれることでしか返す術を知らない、ってことも。


走る車内、西日の色に染められて、ジルの顔にも少しばかり影ができ、やっと夜を迎える準備が始まったのだと気が付いた。



「なぁ。」


「ん?」


「このままブレーキ踏まなかったらさ、記憶喪失になって知らない街に行けると思う?」


「その前にあの世に行くよ、きっと。」


そっか、とだけ返された。


だけどジルはちゃんと信号待ちでブレーキ踏むし、結局のところ、どの程度本気で言ってるのかはわからないのだ。


ただ、それを願っていることは確かなのだろう。


シュウはもしかしたらもう、この世には居ないのかもしれない。


居たとしても、いずれあの世でバッタリ会ったりするのだろうし、あたし自身、レナの仮面を脱ぎ捨てた時、誰にも必要となんてされないのかもしれない。


だったらレナとして死ぬのも悪くないんじゃないのかなぁ、と思うんだ。


ジルと一緒だったら、きっとあたしは怖がりはしないだろう。

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