月影
詳しいことはわからないけど、ジルの車はどこを取っても純正ではない。


だけどもゴテゴテしてるってわけでもなくて、彼の部屋の中の印象と同じくらい、シンプルでもセンスがある、とは思う。


ただ、いじりすぎてて一般人が乗ってるようには見えないよ、とは忠告してやりたいのだけれど。



「これって何?」


「トルクレンチ。」


「これは?」


「スパナ。」


「へぇ。」


「まぁ、言ったってお前じゃ覚えられねぇよ。」


「…馬鹿にしないでよ。」


これが、曲がりなりにもキャバをなりわいとする女の会話なのかな、と自分でも思う。


それでも、今まで何かに対し、執着心の欠片さえ見せなかったような男のくせに、何だか色々と詳しいのが面白かったのだ。



「つか、寒くねぇの?」


「寒いの?」


「寒いだろ、普通に。」


「借り物だけど、上着貸してあげようか?」


「いや、それ俺の。」


「てか、ホント寒がりだよねぇ。」


「俺さぁ、夏の終わりかけの涼しくなる頃以外は、基本的に嫌いなんだよ。」


「四季に文句言うなんて我が儘だよ。」


うるせぇよ、と彼は幾分不貞腐れた様子を見せた。


今日一日で何が一番嬉しかったかって、ブレス買ってくれたことより、車が好きな顔を見れた、ってことじゃなかろうか。


何かもう、とんでもなく貴重なものを見た気にさせられる。

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