月影
「…ッカつくー…!」


バンッ、と閉めたロッカーの音が、更衣室に大きく響き渡った。


燻ったモヤモヤとした感情は、最終的に怒りとなってあたしを支配しているのだ。


ヤンチャ少年のようだと思っていたジルの親友は、とにもかくにもいけ好かなくなった。



「レナさーん。
ロッカー壊れちゃいますよー。」


おーい、と葵は、拳を握り締めた状態のあたしに、遠巻きに言葉を投げてきた。


一瞥すると、怖ーい、なんてわざとらしく言われてしまい、やっぱり不貞腐れることしか出来ないのだけれど。



「マジ、どしたの?
てか、レナがキレてる姿とか、初めて見たかもー。」


「…いや、何かもう良いや。
葵がそんな馬鹿みたいな顔しててくれて助かった。」


何となく、葵の馬鹿っぽい顔を前に、怒る気も少しばかり失せ、あたしはため息混じりに視線を宙へと投げた。



「ちょっとね。
色々あって、イラついてただけだよ。」


「へぇ、色々と、ねぇ。」


ふうん、と彼女はグロス片手にそうおどける。


わかってるんだかどうなんだか、葵のそんな言葉を小さく睨んだ。



「…でも、ヤバいようなことじゃないんでしょ?」


答えることが出来ず、あたしは彼女に背を向けてしまう。


ふたりだけで築いている世界の中に居て、何が悪いと言うのだろう。


お互い何の邪魔もしないし、ギンちゃんから助言されるいわれも、ましてや葵に心配されるいわれもない。


少し不安げな声色から逃げるように、何も答えないままに更衣室の扉を閉めた。

< 82 / 403 >

この作品をシェア

pagetop