月影
恋愛なんてする気はないし、ジルもまた、そう思っているはずだろう。


抱えてるものがあって、優先しなきゃいけないことがあって、人を愛することでそれを見失うことを恐れている。


いや、恋愛自体を恐れているのかもしれないけれど。


そして中吉の意味を、何となく理解した気がした。



「…レナ?」


ふと、弾かれたように焦点を合わせてみれば、煙草を咥えた顔があたしに瞳を落としていた。


無意識のうちに考え事なんかしていたのか、と首を横に振り、「何でもない。」とだけ返す。


ずっとただのセフレを続けられるはずなんてないことはわかっていたけれど、きっとこの関係を壊すのは、あたしの方なのかもしれない。



「ジルってさ、何で今の仕事してんの?」


まぁ、何の仕事かは知らないけれど。


ギンちゃんとの一件を言うつもりもなかったけど、はやり心のどこかで気になっていることもまた、確かなのだ。



「…したくてやってんじゃねぇよ。」


「え?」


「色んな事があってさ、殺されるのかもしれないと思ったし、それでも良いと思ってた。
でも、気付いたら殺されることも死ぬこともなく、ね。」


飼われてるようなモンだよ、と言う。


とても自嘲気味に、ひどく悲しげな瞳が揺れている。


今日のあたしはどこか変で、ジルもまた、どこか変なのだろう。


風もない室内で、小さな不安を表すように、彼の立ち昇らせる白灰色が僅かに揺れた。



「ごめん、聞かなきゃ良かったね。」


「良いよ、別に。
言ったって減るわけでも増えるわけでもねぇし。」


過去も、不安も、何もかもが。


まるでそう聞こえた気がして、この部屋は静かすぎるな、と抱き合う彼の心臓の鼓動に耳を傾けた。

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