月影
「てか、レナさぁ。
相手のこと想ってるっぽいこと言って、ホントはただ、自分が傷つくのが怖いだけじゃない?」


やっぱり言葉に詰まってしまうような、優しい瞳のわりに、鋭い言葉。


葵の台詞を否定出来るほど、あたしは強い気持ちなんて持ち合わせてはいないのだ。



「好きだったらさ、相手の一番になりたいと思うのが普通じゃん!
待ってるだけの都合のいい女に成り下がって、アンタはそれで満足なの?」


「あたしは一言も好きなんて言ってないし、心配してくれてんのはわかってるけど、それがあたし達の関係なんだよ。」


キャバで色恋してる女に、普通なんてわかんない。


あたし自身とレナってキャバ嬢に、仮面を着脱するような目に見えた境界線はないのだから。


あたしとレナは、もうとっくに混ざり合ってるんだ。



「…ごめん。」


先にそう言ったのは、あたしの方だった。


向かい合わせの沈黙が嫌に重たくて、先ほどから一口も口をつけてないお冷のグラスが視界の隅で、涙を流しているようだと思う。


ジルが居なきゃ、あたしは泣き方さえもわかんないんだ。



「あたしも、言い過ぎたよ。
でもさ、ホント何もかもに必死にならないで?」


「…うん。」


「あとさ。
何も逃げ場所をひとつにすることなんかない、ってこと、覚えといてよ。」


ジルの他に、逃げる場所を作れ、と?


不意に拓真の顔が浮かび、振り払うように唇を噛み締めた。


人はそれを、利用する、って言うんだよ。


色恋営業してる女にだって、罪悪感くらいは残されている。



「だからあたし、酒に逃げてんだよ。」


ダメダメだよね、と笑うことしか出来なかった。


葵はそんなあたしに何も言わず、少し悲しげに瞳を伏せた。

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