月影
「…あたしさ、もうコウとはダメかもしんないの…」


「え?」


コウ、とは、聖夜クンの本名だろう。


葵が彼をそんな風に呼ぶなんて、あたしは今の今まで知らなかった。



「…レナに言ったこと、全部あたし自身のことだよ。
真実からも、傷つくことからも逃げてんの、あたし…」


自嘲気味に漏らされた、そんな台詞。


もしかしたら無意識のうちに、葵はあたしに吐き出すことで逃げているのかもしれない。



「…葵?」


「頑張ってはみるけどさぁ、ダメんなったらその時は慰めてよね。」


軽やかに放たれた台詞が、余計に痛々しく思えた。


自分自身を包み隠すようになるのは、この仕事だからだろうか。


大なり小なり自分を偽らなきゃならなくて、結局は自分自身がそんな中でもがき苦しまなきゃならないんだ。



「ダメになられたら、あたしに希望なくなる感じじゃん。」


葵が笑うから、あたしも笑った。


ふたり分の痛々しさは、店内の換気扇でさえも吸い上げてはくれないようだ。

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