月影
フラフラしながらお店の外に出ると、懐かしい黒のセダンが止まっていたが、感慨に浸ることは出来なかった。


ガチャリと恐る恐る助手席の扉を開けると、やっぱり懐かしいばかりの煙草とカルバン・クラインの混じり合った香り。



「…ジル…」


会ったらまず、今までアンタ何やってたのよー、とか笑って言ってやるつもりだったのに、彼の瞳は悲しげだった。


震えてるあたしは抱き締められて、なのにひとつも喜べない自分が居た。


会いたかったとか言ってやろうと思ったのに、言葉は何も出てこないまま。



「レナ、悪かったな。」


何でジルが謝ってんのかも、何に対して謝ってんのかもわかんない。


引き寄せられて、抱き締められて、少し震えたような声色が耳に落ちた時、代わりに一筋の涙が零れた。



「落ち着いて聞け。」


それが、シュウのことを話し出す合図だと思った。


でも、親が子供に諭すような声色のまま、彼はあたしの手を握る。



「S市でリンチされた痕跡のある遺体が見つかった。
近くに落ちてた財布から見つかった会員カードに、霧島シュウって書かれてた。」


彼の柔らかい口調に、だけどもあたしの体は強張ったまま。



「もちろんそれだけじゃお前の探してる霧島シュウかどうかはわかんない。
けど、その名前が捜索願いにあったのと同じ、わかるな?」


「…うん。」


「身元確認、しなきゃいけない。
捜索願いは父親の名前で出されてるけど、詳しいことは言えねぇけど、そっちへの連絡は待ってもらってる。
今はまだ、お前だけしかこのことを知らないんだ。」


だからあたしがその顔を見て確認するのだと、ジルは言った。


リンチされて死んだシュウかもしれない男の顔を見て、あたしがそれを確かめるのだ。

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