パンデミック
「本当にお母さんに似て元気そうです。」

母親に抱かれる赤ちゃんを兄貴は覗き込んだ。

24日に妊婦は無事出産を終えたのだ。

「これも全部井上先生のおかげです。」

「いえいえ、この子の名前決まったんですか?」

「はい、この子の名前は…」

(ゴモゴモ…)

赤ん坊は両手を上げて何かを求めている。

「あっ、ちょっとすいません。」

妊婦は兄貴に背を向けた。

「はい。じゃあお名前は後ほどで失礼します。感染にお気をつけてください。」

(チュッチュッ…)

赤ん坊は母親のおっぱいを元気に飲み始めた。

(…本当によかった…)




―次の日―

病院にはマスクをしたたくさんの患者が押し寄せてくる。

病院の外にテントを何カ所か設置し、新型インフルエンザの検査をしていた。

「…お薬出しておきますんで、ご自宅から外出のないようにお願いします。」

そう言って検査に来た人にタミフルを渡す。

タミフルの効果は全くないのに…

「おい、どうしてウチの女房には注射を打たんねん!?」

あるテントで男性が叫んだ。

奥さんの診察に来ているようだ。

少しキツい症状が見られた患者は栄養剤やワクチンが入った注射を打たれる。

それでも重度なら入院することになっている。

「ウチの女房のどこが軽度なんや!?えぇ!?昨日から高熱も出してんねんぞ!!」

「ですからまだこの症状は軽度です。お引き取り願います。」

「チッ…」

男性は舌打ちをして奥さんを連れて帰った。

こんなことはほぼ毎日だ。
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