チャンドラの杯
『それは、ずうっとずうっと昔すぎるよ叶月』
 私の背中の壁で声がした。
『たぶんもう、教えても無駄だねえ』
「どこですか?」
村人がすがるように尋ねる。
『大きな都市はみんな、無くなってしまったんだからねえ』
「それは、」
『君が見た都市ももう、残ってはいまいよ』

「海の向こうです」
 私は答えた。
「海の上に伸びた線路の、向こうにありました」
 村人の間から、溜息とも歓声ともつかぬ声が漏れた。

『やれやれ』
 影法師は暖炉の明かりでゆらゆら揺れながら、呆れた声を出した。
『教えたところで、この人たちに海は渡れないだろうにねえ。さて』
「さて」と村長が言った。

 私は何かそわそわした。貫頭衣たちはじっと私を見つめている。ユイファが今夜はごちそうだと言っていたのに彼らは誰も何にも食べていない。そう言えば、白い花の少女はどこへ行ったのだろう。

『気がついていたかい?』
 音もなく、貫頭衣の群が立ち上がった。
「え?」

『彼らは君がどこから来たのかを尋ねたけれど、どこへ行くのかは尋ねなかった』

「え?」
 ポカンとなった私の前で、村長はこう口にした。
「皆の衆、久々の肉じゃ」
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