チャンドラの杯
 その夜も青い月が、砂と岩の大地をひっそりと照らしていた。

 私は線路沿いの廃墟を見つけて、少し早めの眠りをとろうと横になっていた。石の屋根の上に寝転がり、影法師に話しかけようかしらと口を開きかけたときだ。

『まだ眠るには早いようだよ』
 珍しいことに、影法師のほうから私に話しかけてきた。
「早いって?」
『耳を澄ましてごらん』
 風に乗って何処からか幽かな弦楽の音が聞こえた。
「おや、近くに村でもあるのでしょうか」
『そのようだねえ。ほら、君に可愛らしいお客さんだ』
 言われて、私は枕代わりのトランクからむっくり頭を持ち上げてみた。

 私がいる建物の下に女の子が一人立って、月明かりの中こちらを見上げている。
 確かにこれは可愛らしいお客さんだ。
 こんばんは、と私は微笑みかけた。

「こんばんは」
 女の子が言う。
「お姉さん、旅の人?」
「はい、そうですよ」
 人と話すのは久しぶりだ。
「うちへおいでよ。温かいご飯があるよ」
 足元で影法師がくつくつと笑った。
『願ってもない申し出だねえ』

 全くそのとおり。私はお言葉に甘えさせていただくことにした。

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