チャンドラの杯
 僕とココが動かないのを見て、ロエンはこちらに歩いてくる。

 ロエンの黒い革靴が僕のすぐ横で止まった。
 靴は白い砂に半分埋もれてしまっている。見上げると、ロエンの柔らかな髪が海風に舞っていた。僕やココとは違って、月の無い夜空みたいな漆黒の髪の毛。

 僕はロエンの髪の色がとても好きだ。

「船は、来た?」
 尋ねるロエンの眼差しは何かを諦めてしまったように悲しい。ロエンはその眼差しで海の彼方を見つめている。彼の顔は白く透きとおって、陽射しに溶けて消えてしまいそうだった。
「まだ」
 僕は辛い気持ちで答えた。「そう」と、ロエンは静かに呟いた。
「マザーのところに行こう」
 波の間から顔を出したクジラが、遠くで白い潮を噴いた。
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