チャンドラの杯
 たちまち、僕の心から攻撃的な気持ちが消え失せる。変わって、目の前には美しい花畑が広がった。
 呪文が唱えられるに従って、花畑の上では妖精が踊り、遠くには見たことのない山野が雄大な姿を横たえ、澄み渡った空で虹が輝く。

 怪物の上で女の子が唱える不思議な呪文に、僕は身動きも忘れて突っ立っていた。ロエンも目を真ん丸に見開いている。

 すっかり魔法の虜になってしまった僕たちを見て、男の子が女の子の頭を撫でて微笑んだ。

「ね、俺たちはあなたたちやあなたの町に危害を加えたりはしないよ」
 男の子が僕に向かって言うので、僕は困ってロエンを見た。

 けれどロエンは僕のほうを見なかった。
 彼は食い入るようにその男の子と女の子と、見たこともない怪物を眺めていた。

 仕方がないので、後ろのココを振り返った。
 ココは、「でも・・・・・・」と呟いて不安そうに怪物を指さした。

「その怪物、あなたたちが飼っているの?」
「ディーディは何もしないよ」
 魔法使いの女の子が、宝石みたいな綺麗な声で言った。
「ディーディ? 怪物の名前?」
 僕は尋ねた。男の子が頷いてもう一度女の子の頭を撫でた。その目がとても優しそうだったので、僕は安心する。
 男の子は魔法使いの女の子のことをとても大切に思っている。それはとても素敵なことだった。

「町の中に入ってもいいけれど」
 僕は少し考えて、ディーディの上の男の子を見上げた。
「一つ約束してくれる?」
「どんなことを?」
「僕たちや町の人に指一本触らないことを」
 男の子の目が吃驚したように真ん丸になる。
「そりゃまたどうして?」と男の子が尋ねた。
「病気が移るからだよ」
 僕は答えた。後ろでココが、僕の袖をぎゅっと握った。

「僕たちは病気なんだ。だからこうしてここにいるんだよ」
 男の子が戸惑った様子で顔をしかめた。

「ここはね、病気の人が住む町なんだ」
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