チャンドラの杯
「ふうん、来るといいねえ」とソーマが言った。
 シドが、怖い顔で僕とココを見た。

「世界を滅ぼした病気だと聞いた、って言ったよね。誰から聞いたの」
 ココと顔を見合わせる。
「マザーからだよ」
「マザー?」
「僕たちを生んでくれた人」
「シオンとココを?」
「町の人みんなを」

 シドは金色の髪の下で眉を寄せた。

「じゃあ、マザーも病気なの?」
 僕は首を横に振る。
「マザーは病気じゃないよ」とココが答えた。
「シドやソーマと同じだよ、だから死なないの」
「『死なない人』がこの町にいるんだね」
 シドは真剣な目つきをしていた。
「その人が、シオンたちに病気のことや船のことを教えてくれたんだね」
「うん、そうだよ」
 僕が頷くとシドはまたしばらく考え込んで、それから「その人に会わせてくれるかな?」と言った。

「マザーに?」
「そう、マザーに。大丈夫だよね、その人も病気じゃないんだから」
 シドは優しい声でそう言って、「俺たちと同じで」と片目を瞑ってつけ加えた。僕は少し躊躇った。でも確かにそのとおりだと思ったので、シドとソーマをマザーに会わせてあげることにした。

「ソーマは浜辺でココと遊んでいていいよ」
 二人を案内してあげようとするとシドがソーマにそう言って、僕とシドは二人でマザーのところへ向かった。

「くれぐれも、ココには触らないようにね」
 砂浜を後にする時、シドがソーマに言い残した。

 いつの間にか妖精はどこかに行ってしまった。水平線の彼方に入道雲が見えている。群青の海のどこにも船の影は無かった。
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