チャンドラの杯
 シドの手の中で筒から白い煙が立ち上る。がたん、と音がする。椅子に腰掛けていたマザーが前のめりに倒れる。

 僕は急いでマザーに駆け寄った。
 支えてあげたかったけれど、病気が移ってはいけないので触れることはできない。
 マザーが床の上に倒れて長い長い黒髪が広がった。顔が横を向く。マザーの綺麗な顔の真ん中に赤い穴が空いていて、どろりとした液体が流れ出している。

 パン、ともう一度音がした。パン。続いてもう一度。

 音がするたびに倒れ伏したマザーの体が弾み、右の肩と左の足にも赤い穴が空いた。
「やめて!」
 武器だ。僕はようやくシドの持っている黒い筒の正体を悟って叫んだ。

「やめてよシド! どうしてこんなことするの? ソーマが言ったよ! シドは優しい人だって! すごく優しい人だって! だからこんなことやめてよ」

 シドは金属の筒を構えて僕とマザーを見下ろしている。
 シドの目が、笑ったように思えた。

「優しい人、か」
 シドの声は柔らかい。
「俺はね、シオン。ソーマにとって必ず優しくあるために、他の全てに対して優しくあることを捨てたんだよ」
 シドの声はどこまでも柔らかくて、悲しい。
「だからきみやココや、マザーにとって俺は優しい人ではないかもしれない」
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