チャンドラの杯
 恐ろしい呻りを上げて、ヤッカが標的を母子から私に変える。振り回された爪が私の腕を掠め、赤い雫が散る。

 大丈夫、大丈夫。落ち着いて。
 自分に言い聞かせて一旦剣を引く。
 それから、私に向かって牙を剥くヤッカの、大きく開いた口の中にするりと切っ先を滑り込ませた。

 そのまま静かに上へ。ヤッカの動きが止まったところで下へ。

 ヤッカは縦に真っ二つになって、私の足元に転がった。
 鮮血の噴水が大地を赤く染める。
 が、不自然なほどすぐに噴水は止まる。断ち切られた傷口からぽこぽこと、肉塊が迫り上がってくる。

「火を!」
 私は声を張り上げた。
「再生します。どなたか早く火を」

 慌てたように、近くの建物からたいまつを持った男の人が飛び出してきた。
 あちらの建物からも、こちらの建物からも。

 油がかけられ、たちまちヤッカは橙色の炎に包まれた。肉の焦げる匂いが夜風に混じる。

『お見事お見事』
 影法師がとぼけた声を出した。
『慣れたものだね。その腕は失敗だったけれどね』
 私は腕の傷を見る。やらなければならないことがあるのを思い出した。

「噛まれた人はいませんか」
 集まり始めた貫頭衣の群に向かって問いかける。
「どなたか噛まれた人は?」
 心配そうに顔を見合わせる村人の中で、最初に駆け出してきた女性が目に留まった。

 子供を抱き締めて、女の人は震えていた。
「主人が・・・・・・」

 私はすぐさま、女性が出てきた建物の中に飛び込んだ。
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