チャンドラの杯
「そっか、行っちゃうのかあ」
 僕が残念に思って口にするとシドは少し驚いた顔をして、会った時にソーマに対して見せたのと同じ優しい眼差しを僕に向けた。

「ごめんね、シオン。俺は怖い人だっただろう」
 とても苦しそうな声だった。
 僕は首を振った。怖かったよ、でも・・・・・・。
「でも、僕はやっぱりシドは優しい人だと思う」

 シドの顔が一瞬くしゃっと崩れて、すぐに真剣な表情に戻る。

「俺たちと一緒に来い、ロエン」と、彼の口が動いた。
 僕の胸で心臓が大きく鳴る。

「お前が最初だ。ここのマザーも駄目だった。都市が滅んだ後──正気を保っているヤッカには初めて会ったよ」
 シドは一言一言丁寧に、静かに繰り返した。

「ロエン、俺と来い」

 僕は弾かれたようにロエンの顔を見た。
 ロエンは穏やかに微笑していた。今まで僕が見たことのない複雑で深い、海のような表情だった。

 遠い水平線が、カナリア色の夕焼けに染まっている。
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