チャンドラの杯
 廃墟を改装した家の中には、質素な家財道具が並んでいる。暖炉の明かりに照らされて、石の床に男の人が蹲っていた。

「大丈夫ですか?」
 刀を構えて慎重に近づきながら、私は声をかける。男性は青い顔でこちらを振り向いた。

 とても悲しいことに、首筋の所に赤く牙の後があった。

「手遅れじゃな」
 私の後ろで嗄れた声が言った。
「旅の方。ヤッカになる前に、ひと思いに殺してやってくれ」
 村の長老と思われる老人は、戸口から怖々中を覗き込んでいる貫頭衣たちの真ん中に立ったままそう言った。
 私は男の人に向き直る。男の人はまんまるに開いた瞳で私の刀を見て、いやいやをするように首を振った。

「違う、違う・・・・・・」
 男は首筋を隠すように手で覆い、座り込んだ体勢で後ずさりする。
「俺は何ともないんだ」
 ヤッカに噛まれた者はヤッカになるのだ。
「何ともない・・・・・・」
 私は黙って男の首に刃を振り下ろした。
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