チャンドラの杯
 今でもよく覚えている。
「聞いてシド! やったわ!」
 あの日、電話口から聞こえてきた興奮した彼女の声。
「ロビーたちの研究班がね、ついにやったのよ!」

 ヒナ・セレニティ。美しい女性。私の愛する人。

「歴史的偉業よ! 人類の追い続けた夢が、ついに叶うのよ」
 祝賀会には是非あなたにも来て欲しいの。あなたのお父さまの投資が無かったら、この日は来なかったわ。
 そうして参加したパーティーで。

「ロビーと結婚するの」
 ヒナに告げられた時、私はただ茫然と、無邪気に微笑む彼女の黒い瞳を見つめ返すことしかできなかった。

 ヒナのしなやかな肢体を包んでいたドレスは、赤色だったのか青色だったのか。自分が手にしていたグラスの中身は? 会場に流れていた生演奏は、モーツァルト? ハイドン?
 後になっていくら記憶を手繰ろうとも、私にはそれらを思い出すことがさっぱりできない。
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