チャンドラの杯
「叶月さんはどこから来られたのですか」
「線路からです」
「線路から・・・・・・?」
 私の答えを聞いて、村人たちは不思議そうな顔をした。
「向こうにずうっと伸びているあれですよ。私は線路の上を歩いているのです」
「はあ」
 貫頭衣は困ったように首を傾げた。
「では、どこから歩いて来たのですか?」
 私はお粥を食べる手を止める。今度は私が困る番だった。
「どこからでしょう? ずうっと歩いてきたものですから・・・・・・」
 覚えていない。
「きっと、線路の始まる場所からだと思うのですが」
 それがどこだったのか。少し不安になった。私の記憶に始点は無い。

「きっと、忘れてしまうほど長く歩いてこられたのですね」
 村人が笑った。
「きっと、忘れてしまうほど長く歩いてきたのです」
 私も笑った。不安を消すように、お粥を全部かき込んだ。

「では、人がたくさん住んでいる場所はありませんでしたか?」
 村長が尋ねた。周りの村人たちが皆、お椀を置く私に食い入るような視線を注いでいた。
「大きな『都市』は?」
 私は首を振った。
「人が住んでいる場所はいくつか見てきましたが、大抵はここと同じような村です。ただ・・・・・・」
「ただ?」
 貫頭衣たちが身を乗り出した。
「ただ、ずうっとずうっと昔に一つだけ、人がたくさん住んでいる場所を見ました」
「おお!」
「それは、どこです?」
「それは・・・・・・」
< 9 / 78 >

この作品をシェア

pagetop