幸せの契約
「ひろ子さんに臨月が近づいた頃、私は先代の命令で日本を離れることになった。


せめてひろ子さんが無事に出産して、純一におめでとうを言うまで日本に居たかった。

だか、先代は説得できずに、最後の挨拶に私は二人のアパートを訪れたんだ。

アパートに入って愕然としたよ。

そこには純一の姿はなく、ひろ子さんが台所で倒れていてお腹からは大量に出血していた。

ひろ子さんはそのまま出産することになり、私は神に祈るしかなかった。

当時は私の秘書だった芳賀が純一を探していたんだが…。」


蔵之助さんの言葉が切れる

芳賀さんがゆっくり口を開いた


「純一様はその日、工事現場の事故によりお亡くなりなっておいででした。」



「さっきまで祈っていた神を私は恨んだ。

純一の命を奪っておいて、今度は妻子の命も奪うのか。とね…。

どれほどの時間がたったのか、私は手術室に呼ばれたんだ。

赤ちゃんは無事に生まれていた。だが、ひろ子さんはもう虫の息だったよ。

彼女は最後に私に言ったんだ。

『この赤ちゃん…“鈴”。チリンチリンて泣くから、鈴ちゃん。』

鈴ちゃんを抱きながら彼女は少女の様に笑ったよ。それが私が彼女を見た最後だった。

私は親交があった純一の両親に鈴ちゃんとひろ子さんの言葉を託して日本を発ちざる得なかった。」



涙が溢れて止まらなかった


お父さん


お母さん


何度も心が叫んだ
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