唇。
「ぉ、おはようございます…。」


そっと引き戸を開け、朝の挨拶をして事務所内に入る。
まだ時間が早いからか、面接の時ほど人は居ない。
返って来る挨拶に会釈を返しながら、どうしよう…とまごついてると一人の社員さんが話し掛けて来た。


「此処、座っとけば?」


示した席は、姉の隣。
そこにはノートパソコンがあって、誰かの席である事が分かる。
迷っていると、それに気付いたのか。


「そこの人、最近来てないから気にしなくていいよ。」


と、言って来た。
それに僅かな安堵を覚え、その席に座ると、改めて事務所内を見渡す。
沢山の書類、ファイル、棚。
で、知らない人たち。


(…あの人、気難しそう。あ、あの人は優しそうかな。)


人見知りのくせに、人間観察が好きなあたしは、品定めの如く視線を流していく。
時間じゃないのに、世間話をするでもなく、真面目に仕事をしてる人までいる。
あたしも与えられた仕事なら捌くけど…さすがに時間外にするのは嫌だ。
でも、事務所内の制服であろう作業着を着た人たちは、一心に…とまでは行かずとも、各々パソコンに向かい、必要書類を印刷したりしている。

しかし、暇だ。

時間は八時を過ぎた。
ちらほらとあたしと同じ派遣事務員が入って来る。
あたしが座る席の後ろにある棚の裏は、簡易給湯室になっていて、そこに向かう事務員さん達が、擦れ違い様に挨拶をして来る。
しどろもどろ、ぎこちなく挨拶を返す。

陶器を並べる音。
芳ばしいコーヒーの匂いが漂い始める。

朝来たときよりも賑わいを見せる事務所内。
しかし、肝心の姉が出社して来ない。


(休みかな…?)


と、内心オロオロ。

< 5 / 22 >

この作品をシェア

pagetop