堕ちる(仮)
その年の夏。


 私は実家に電話をした。


何年ぶりだろう。


おばーちゃんが出た。


「もしもし。美咲だけど。今度の土曜日そっちに帰ろうと思うんだ」


「うん。おいで。待ってるよ」


「あのさ、お母さんにも伝えておいてくれる?」


「いいよ」


「ありがとう。それじゃーね」


「気をつけておいで」


プープープー


すぐに帰り支度をした。


もちろん不安はあったが、楽しみと喜びのほうが勝っていた。


早く帰りたくてしょうがなかった。


電話をした後の数日間は気が気じゃなかった。


明日が待ち遠しかった。


遠い遠いあまりにも遠い道のりに感じた。


 何年ぶりかの帰郷。


 乗った新幹線では窓の風景ばかりを見ていた。


何もかもが新鮮だった。
 

ビルや、マンションが立ち並ぶ風景さえも…。


 私は列車を降りた。


踏み出した一歩は、大げさなようだが、人生のスタートにも感じた。


重い荷物も苦痛には感じなかった。


人間は気の持ちようでこんなにも世界が開けるのかと思った。
 

タクシーに乗り込み住所を伝えた。
 

やっと実感が掴めた。


窓の風景をずっと見つめていた。


まるで変わってしまった景色だが、すべてが懐かしく、私の心は癒された。
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