堕ちる(仮)
タクシーが止まった。


会計を済ましドアが開く。


踏み出した一歩の感触は今も忘れない。


ぬかるんだ土は私の重みをすべて受け止めてくれた。


足跡がくっきりと残った。


私の歩んで行った一歩一歩を刻んでくれた。


とうとうドアの前に立った。


一瞬私はインターフォンに手をかけようとした。


ふっと我に返り扉を開いた。


すると自然と言葉が出た。


「ただいま」


ガラガラガラ


懐かしい感触。

この音。


手から胸に、胸から頭に伝わった。


そして全身を駆け巡った。


呆然と立ち尽くし、頬が濡れていた。


玄関レールに涙の後が砂埃を綺麗に拭い去っていった。
 

私の涙が銀の輝きを取り戻した。


「お帰りなさい」お母さんがくしゃくしゃの顔で出迎えてくれた。


私は荷物を置き去りにし、母の胸に飛び込んだ。


「ごめんなさい。今までごめんなさい」


「ううん。お母さんの方こそごめんね。疲れたでしょ?上がってゆっくりしよう」
 

涙が止まらなかった。


 私はお母さんには今までの出来事を話した。


その結果、離婚を決意した。


お母さんは再婚をし、子供もいるようだった。


幸せに暮らしているようでうれしかった。


おじーちゃん、おばーちゃんとの仲も元通りになった。


地元の友達とも連絡を取り、久しぶりの再会を懐かしんだ。
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