歌皇~うたのおうさま~
「そうはさせないよ」
ぼんやりと自虐的な物思いに囚われていたオレの視界に突然、赤い影と涼しげな声がよぎった。
反射的に顔を上げる。
「……誰?」
立っていたのは知らない男。
もろに目が合う。
影の色の正体は、その髪。
夜の公園の少ない灯りの中に浮かび上がる、真紅の髪。
肩先まであるまっすぐなそれは一つに括られ、耳元から前に流れていた。
切れ長で穏かな瞳が、長い前髪の隙間からのぞく。年はオレより少し上に見える。
すらりとした手足と身体つき。
そして、肩にかけられているのは・・・ギターケース?
ああ、音楽やってる人なのか。ならその髪の色も納得がいく。
と、頭の中でようやく理解したのと同時に、再び涼やかな声が斜め上から降ってきた。
「簡単に辞められちゃ困るんだけど」
「…え……?」
唐突なその言葉にリアクションが取れない。
困るオレに、その人はふわりと相貌を崩した。思いもかけず、優しい微笑み。
男に向かってキレイ、は失礼か?でも、夜風の中のその姿は本当にキレイで。
「まだ、唄いたい歌があるだろ?」
畳み掛けるように、その人は続けた。
「辞めるなんて出来ない、って自分でも判ってるんだろ?」
「そ・そんな…何で……」
面食らってしまう。見ず知らずのヤツにいきなりそんなことを言われてる、ってことに。
そんなヤツに、一瞬でも見惚れた自分に・・・・・・。
慌てて、ない頭をフル回転させる。
ああ、多分、きっとそうだよ。今日のライブに来てた客なんだろ?
オレの歌を聴いて、そして、「あのバンドは今日で終わりだ」と誰かに聞いて。
そして、一人こんな所でヘコんでるオレを見つけて。
「そういうの、余計なお世話、っていうんじゃないっスか?」
言ってやったら、男は驚いたように口を噤んだ。
怒らせるつもりはないけど、からかい半分ならもう関わりたくない。
と。