鬼神の舞

「我らに上の者を選ぶ権利はないが…お前の立場には同情するよ。」


一総は以前酒の席で、他の庄士仕えの仲間にこう言われた事がある。
確かにその通りだ。
仕事は手抜きばかり、庄に行けば畑頭に接待を無心し酔えば暴れる。
下級武士の間では、将之の評判は散々なものであった。
しかし、一総は酒の席でどんなに仲間に揶揄されても黙したまま杯を干していた。


だが、上役があの男だから俺はこうしていられる。
賢い男であれば、俺のこの異様な身形は決して許されぬ。
だが、あの男は部下の俺には全く興味が無い。
愚かな男もそれなりに、利用価値があるというものだ。
…但し、こちらにもそれなりの覚悟と忍耐が必要となるが…。


“尻が痛いか…俺も貴方を置いてこの峠を一気に駆け下り庄に飛び込めたら…どんなに気分が良いだろうな。”

一総は将之の言葉に頷くと、馬の腹に鐙を当てた。



ひひぃぃん

馬の嘶きが、霞のたなびく廣川の谷に木霊した。



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