求命
香川の勘が当たった。ちょうど、マンションの出口から男が出てくるところだった。
「おい、お前。」
香川が声をかけた男は、大伍ではなかった。着衣は大伍だが顔が違う。顔に大きな傷がある。村上達が犯人だと言っていたのはこの男に間違いない。
「山本、こいつだ。こいつが例のやつだ。」
山本は走りながら、無線で応援を呼んだ。
「は、離せ。」
香川が掴んだ右手を左右に振りほどこうとする。
「じっとしてろ。」
「俺が何したって言うんだ。これは警察の横暴だろう?」
確かにそうだ。あくまでもこの男は目撃証言の男に似ているに過ぎない。それなのに、この振る舞いは文句を言われてもしょうがない。
香川はしかたなく男の手を放した。
「きゃああああああああああ。」
悲鳴が聞こえた。
「山本、頼む。」
山本はマンションに走る。男もその悲鳴を合図に逃走を試みた。
「おい、待て。」
香川は追う。さっき走ってここに来たばかりとは思えないくらいの速さで男を追いつめようとする。しかし、男も負けていない。届きそうで届かない。あと少しの距離が縮められない。男は交差点を左に曲がった。香川は靴の紐がほどけ激しく転んだ。
<しまった。>
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