求命
そう思った時、大音量のサイレンが近づいてくるのがわかった。それも一台や二台ではない。かなりの数だ。
逃げる男の前に立ち塞がるパトカー。慌てて引き返そうとするが、後ろには香川の姿が見える。脇道はない。完全に行く手を阻まれた。
<なぜだ。なぜ、快楽を妨げようとする。ただ、快楽を得たいだけなのに・・・。何がいけない。>
心は焦りを隠せない。
パトカーからは何人もの警官が出てきた。香川もどんどん近づいてくる。
「く、来るな。来るな。」
声を荒げても無駄だ。ここにいる男達の中に、そんな声に臆する者などいない。
「く、来るなって言っているんだ。」
前を、後ろを、何度も繰り返して見る。どうしうようもない緊張が走る。掌は汗にまみれた。
多数の警官と、一人の香川。相手にするなら香川の方がいいだろう。多勢に無勢とも言う。警官を相手にするのは得策ではない。なら、いっその事と男は思った。
走った。自身の限りを尽くして走った。あわよくば、香川の横を抜けてそのまま逃亡しようと思っての事だ。が、ついこの間までニートをやっていた大伍の体に、そんな力があるはずもなかった。
香川に手を取られ、そのまま世界は逆転した。激しい衝動が男の背中に走った。
「痛っ。」
「か、確保しましたぁ。」
香川は叫んだ。
男は諦めた。
<この体・・・もうダメか・・・。>
大伍の体が、ふっと軽くなった。同時に傷が消えていく。それを見ていた香川は、何度か目を擦った。
<気のせいか・・・?>
瞬きを何度かすると、傷は完全に消えていた。つまり、香川に捕らえられているのは大伍という事だ。
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