気づけば、あなたが
「ねえ杏、スーツはこっちの方がいいかしら?」


クローゼットの前で二、三着のスーツを引っ張り出している母。


「いいんじゃないの」

気のない返事に母は急に声が変わった。


「どうしちゃったの!何だか心ここにあらずじゃないの!」


「もう、うるさいなあ・・・私 先に行くからね」


杏は苛立ちと悲しみの板挟み状態だった

こんな気持ちのままで卒業式を迎える事になるとは、思ってもみなかった。


玄関前で待っていたのは美波だった。

「おはよう、杏」


「おはよう、いい天気だね」


杏は笑ったが、無理に笑顔を向けているようだった。


「杏・・・やっぱり陽介の事・・・」


「さて、行くよ!」


杏は美波の手を引っ張った。


そして、玄関を閉める前に大声で言った。

「お母さん、先に行ってるよ!」


キリッとした表情に変わる。

美波は、それを見て力になれない自分を情けなく思った。
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