加納欄の記憶喪失 シリーズ5
フェンス越しに、ゆっくり落ちていく太陽を見つめていた。

太陽が半分高層ビルと重なった時に、肩をポンと叩かれた。

多分、顔は無表情だったと思う。

ゆっくり振り向き相手を確認した。

祥子先輩だった。

「探したわよ。いないんだもん」

「・・・・・・」

言葉もでなかった。

「・・・・・・」

祥子先輩も無言になった。

「・・・お仕事、大変ですよね?人数不足だし」

祥子先輩の動きが一瞬止まったが。

「自分の仕事はしてるわよ。暇だから会いに来てんじゃない。わかる?無理なんてしてないの!それに、ほら、あんな事があって、ほっとけるわけ、ないじゃない・・・」


祥子先輩・・・。


「・・・いいんです。もう」

「なにがよ。なにがいいのよ。よかないわよ」

「だって、大山先輩の記憶はいつ戻るかわからないんでしょ?」

あたしは一呼吸おいて。

「・・・イチからやるしかないんです」

「・・・欄ちゃん?」

「初めて大山先輩と出会った時と同じように。またイチから築き上げていけばいいんです・・・」

ね?

 と、祥子先輩を見た。

 祥子先輩の髪が風になびいた。

 西陽を受けて髪の毛がオレンジ色に見えた。

「あんたって子は・・・」

 綺麗な顔をグシャグシャにして瞳に涙を浮かべていた。

 あたしは、また、体をフェンスの方へ向かせた。

「でも、よかったです」

「何が?」

「大山先輩の記憶が逆だったら、かなり大変だったかも・・・と、想像してしまいました」

「逆?」

「はい」

「逆って・・・。何馬鹿なこと言ってんの、ほら寒くなるから部屋に戻るわよ。署に電話してくるわ」

祥子先輩は、そういうと振り向かず歩いて行ってしまった。

「はい・・・」

 あたしは、祥子先輩の背中を、見送ると、溢れ出す涙を、止めることができなかった。

 悔しいのか、悲しいのか、何なのか分からず、ただ、大声をあげて泣いた。

逆ならよかったのに・・・。

あたしの事だけ覚えてて、他の人の事を全て忘れてしまえばよかったのに。

 そうしたらあたしは、付きっきりで大山先輩に全てを教えてあげるのに。

 そう思いながら泣いた。


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