紫陽花
「随分と髪が濡れている。傘を差さずに走ってきたわけじゃないだろう、」
「傘を差して走ってきたのさ。」
「ああ。君は傘の差し方が悪いから。」
「そうだね。差しても差さなくても同じかもしれない。」
 蘇芳は立ち上がり、開けたままの窓から手を伸ばす。
「雨は鬱陶しいね。」
「湿気さえなければ、雨も嫌いじゃないんだけど。」
「明日は晴れるかな、」
 重そうな雲を見上げ、軽く手を払うと水滴が床に落ちた。
「まだ暫くは梅雨が続くらしいよ。」
「そっか・・・」
 少し間があって、周防がパッと僕を振り返った。
「梅雨が明けたら、少し遠出をして海にでも行こうか、」
「いいね、」
「よく晴れた空の下、砂浜を駆け回るのは気持ちがいいだろうね。」
「自転車で君の家まで迎えに行こう。」
「約束だよ。」
 僕たちは軽く指きりをする。
 約束なんてなんの意味も持たないけれど。
「ね、鉱。花瓶は、」
「確か廊下にあった。いいよ、僕が活けてくる。」
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