紫陽花
 僕は紫陽花の花を摑んで立ち上がる。
「鉱。鋏を持って行きなよ。少し葉を落とさないと。」
「そうだね。」


 廊下には誰もいなかった。
 パチンパチンと、鋏の音だけが廊下に反響する。
 きっと君は明日になれば、僕との約束など忘れてしまうだろう。
 君の記憶は砂のように指の間を滑り落ちる。
 だから、君が忘れること全て僕が覚えていよう。
 僕がずっと、君の側にいるから。
 君が少しでも僕を大事に思ってくれるなら、僕は君の全てを受け入れるから。


 サァッと水を流し、軽く花瓶を洗う。
 細い硝子の花瓶に、青い花が美しい。
 ポタポタと葉を打つ音につられ、僕は顔を上げた。
 窓の外には紫陽花。雨はまだ止まない。


「蘇芳、」
「ん、」
 肩越しに声を掛けると、蘇芳が振り返り、驚いたような表情を浮かべた。
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