君だけに夢をもう一度
「千賀子さんも聞きたがっているから、歌ってあげたらいいじゃない!」
少し敦子が不機嫌そうに言った。

「せっかくだけど・・・・・・ご免」
正和が静かに謝る。

「どうしてなの!! 」
今度は、敦子が突っかかるように言った。

「無理だったらいいんですよ」
二人の険悪な雰囲気を気にして千賀子が仲裁に入った。

「正和は、逃げているのよ」
「・・・・・・」

「あの時もそうだった・・・・・・」
「・・・・・・」

「私、知ってた。正和が、私を訪ねて横浜まで来てくれていたこと・・・・・・」
「・・・・・・」

「どうして、あの時、私と会ってくれなかったの? 」
「敦子・・・・・・知ってたのか!? 」

「私が教員になって、偶然だけどマスターに会ったの・・・・・・その時、正和が、私に会いに横浜まで来てくれたことを知ったわ」
「・・・・・・」

「もう一度、私と一緒に音楽をやりたがっていたことも知らされた・・・・・・でも、結局、あなたは、私の前には現れることはなかった・・・・・・」
「・・・・・・」

「私・・・・・・正和が迎えにきてくれることを・・・・・・ずっと、待ってたのよ! 」
敦子は、少し悲痛な表情だった。

取り乱した敦子は、千賀子に謝って一万円をカウンターの上に置いて店を出て行った。
正和は、敦子の後を追いかけた。

敦子は、引き留める正和の手を振り払うようにエレベーターに乗り込んだ。

正和は階段で一階まで下りた。
エレベーターには、敦子の姿はなかった。

外に出て、周りを見渡したが、敦子の姿を見つけられなかった。



< 61 / 76 >

この作品をシェア

pagetop