ふたりだけのおとぎ話

「ねぇ」


声をかけると、彼は身を強張らせて見上げた。透きとおった茶色の瞳が私をとらえた。


「さっきから何してるの?」
「…掘ってる」
「分かるわよ。掘ってどうするのって」


少年は警戒するようにスッと目を細めた。


「聞いたら笑うだろ」


笑われるような理由なのか、と思ったけど、口には出さない。
彼は私から目をそらして黙りこんだ。土がつまった爪先を見つめているように見えた。
変なの。
見知らぬ少年をそれ以上追及する気もしなかったので、私はブランコに戻った。少年も何事もなかったように、また地面を掘りはじめた。
もしかしたら何か埋めたものを探しているのだろうか―ぼんやりと考えていたときだった。


「あかり!」


名前を呼ばれて振り向くと、美里が恐い顔をして立っていた。反射的に、愛想笑いを浮かべる。
走ってきたのか、美里は頬を上気させて肩で息をしていた。
彼は美里の知り合いでもあったし、今回ばかりは怒鳴られるだろうと観念して目を閉じて待った。


「…聞いたわよ」


予想に反して、彼女の言葉は弱々しい。
目を開けて見ると、美里は脱力したような顔をしていた。


「いい人なんだけどね。やっぱりあかりの探してる人じゃなかったか、って思ったわよ」


美里が、怒ってないよ、と笑ったのを見た時に、初めて胸の奥がチクリと痛んだ。
目をそらした瞬間に、ふと思い出して、ベンチのあたりを見る。
そこにはもう穴堀り少年の姿はなく、穴が埋められた跡だけが残っていた。


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