黒い風船
「そうだよ。」
長い沈黙の後、藍くんは言った。
えらく大人びた声だった。
こんな子供がいるだろうか。
自分の親が、殺人犯だと、こうも平気で言ってしまう子供が。
「なんでママと、あんたの父親が結婚すんのよっ」
なにかがぷつりと切れ、私は藍くんの胸倉をつかんだ。
「なんであんたは、そんな平気な顔してんのよっ」
藍くんは何も言わず、私の顔を、ただ見つめる。
「私、出てく。」
私は財布だけをもって立ち上がった。
「あの男の名字になるのは、絶対やだ。ママとあいつに言っといて。出て行くから探さないで、って。」
「ちょっと」
さすがに藍くんは私の腕を掴んだ。
「一生、私はあの男を恨む。あの男が死んだら、藍くん、あんたを恨む。」
藍くんの腕を振り払って家を出た。