オリジナル・レイズ
第三章 -third life-
【ただ静かな日々】
全くんが退院する頃には、梅雨はすっかり明けていた。
夜風さえ夏の匂い。
彼がくれた紺のカーディガンは、もう暑い。
病室で全くんに返したとき、せっかくやったのに~と彼は口を尖らせた。
全くんは可愛い。
こっちが思わず笑顔になってしまう。
洗って返せなくて、ごめんね。
――再び、二人で天体望遠鏡を覗く夜がきた。
以前と変わらない、明るい笑顔の全くん。
ただ違うのは、もう彼は自転車をこげない。
二人で流れ星になったみたいに、自転車をとばしたあの日は、いつか戻ってくるのかな。
…HIVウイルスを完全に撲滅させるワクチンは、現代の高度な医学でも未だ見つかっていない。
発症を可能な限り遅らせることはできるけれど。
もしも、本当にもしもだけど、
全くんが元気になることがあったとしても…
…きっと
その頃には、もうここに私は居ないかもしれないな。