犬神さまのお嫁さま
 ドクドクと跳ね動く心臓を抑え込みながら私はもう一度希彦を見据える。

 苦しそうに真一文字に結んだ唇がゆっくりと動き、それと同時に希彦の大きな手が私に向って伸びてきた。


 きっと今までなら払い除けたと思う。

 だけどこの時ばかりは希彦の表情が切なげ瞳から目が離せなくなり私はじっとその手を待った。


 そっと、まるでガラス細工に触るような触れ方で私の頬を大きな手が捕らえる。

 視線を逸らすことさえ出来ず私はじっとその一部始終を視界にいれながら希彦の瞳をずっと見ていた。



 「なんでお前は…」



 切ない、響きの声が耳に届く。

 さっきまでの傍若無人ぶりも、今までの学校での俺様ぶりを忘れさせてしまうほど熱っぽく乞うような声がまるで見えない鎖のように私の体と心を縛る。
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